チン小帯が弱い症例の治療法
この数十年で、白内障手術は技術が進歩してとても安全なものになりました。それでも、目の状態によっては手術が難しくなってしまう場合もあります。その一つが、チン小帯が弱くなってしまっている症例です。
水晶体を支える働きをするチン小帯
水晶体は黒目(角膜)の奥にあり、角膜とともに光を屈折するレンズの役割を果たしている透明な組織です。チン小帯という伸び縮みする細い筋肉によって、周囲の組織(毛様体)とつながっており、支えられています。
白内障手術では、水晶体の中身を砕いて吸引し、そこに人工眼内レンズを入れるのですが、この人工眼内レンズを支えるために水晶体の袋は残します。袋はチン小帯で支えることになりますが、中にはチン小帯が弱っている患者さんがいます。
その場合、弱ったチン小帯では人工眼内レンズを支えきれなかったり、手術の衝撃に耐えられないなどが原因で、断裂してしまうことがあります。そのために、手術の難易度がグンと上がってしまうのです。
チン小帯が弱る3つの原因
チン小帯が弱る原因には、主に以下の3つがあります。
1 加齢によるもの
歳を取ると誰でも若いころに比べて筋力が衰えていきます。
チン小帯も筋肉の一種なので、加齢によって衰えが生じます。
私の経験では、90歳を超えるとほぼ100%、80代ではおよそ50%の患者さんに、チン小帯の衰えがみられます。
2 外傷によるもの
たとえばスポーツをしていて目を強くぶつけたことがあるなど、目の外傷を負った経験がある人にもチン小帯の衰弱がみられることがあります。
ぶつかった衝撃によって水晶体が激しく振動し、水晶体の周りを取り囲んでいるチン小帯にも衝撃を伝えてしまうことが原因です。
チン小帯は、焦点距離に合わせて伸び縮みする柔らかい組織なので、外傷の影響を受けやすいのです。
3 落屑(らくせつ)症候群によるもの
目の中にフケのようなものができる症状のことを落屑症候群といい、それが目の中を循環する水の出入り口に詰まって眼圧が上がり、緑内障の原因になることがあります。
このフケのような物質がある人は、チン小帯が弱くなっている場合が多いことが知られています。
チン小帯が弱いと手術が困難になる理由と、その場合の治療法
チン小帯は水晶体を支える役割を果たす組織です。
この部分が弱いと、手術中にチン小帯が切れてしまい、水晶体が目の奥の硝子体に落ちてしまうことがあります(水晶体脱臼といいます)。
そうなると手術が大がかりになるばかりでなく、うまく処置できないと失明のリスクを招くこともあり得るのです。
硝子体手術が必要になるため、対応できる医師が限られる
チン小帯が弱い人の手術における最大のリスクは、その時に手術を担当している医師が対応できなくなる可能性が高いという点にあります。
白内障の手術は、今や5分程度で終わるさほど難しくない手術ですが、手術中に弱ったチン小帯が切れて、水晶体が目の奥の硝子体に落ちた時点で、術式が「硝子体手術」に変わります。
ところが現在、眼科の専門領域が細分化されているため、白内障の手術ができても、硝子体の手術はしたことがない、という医師が多いのです。
仮に、硝子体の手術経験のない医師による白内障の手術中に、このような事態が発生すると、医師は患者さんを別の病院に送ろうとするでしょう。
受け入れ先がすぐに見つかって、早急に適切な処置をしてもらえればいいですが、最悪の場合、受け入れ先が見つからずに視力低下を招く恐れもあります。
チン小帯が弱い場合の治療法
チン小帯が弱く、一部が切れてしまっている人の手術では、CTR(水晶体嚢拡張リング)と呼ばれる針金のような器具を、水晶体を包むふくろ(水晶体嚢)の中に入れて、弱ったチン小帯の働きを補う処置が必要になります。チン小帯が2分の1以上切れている場合は硝子体手術となりますが、2分の1以下であるとCTRを使用した手術をします。
この器具を使用することでふくろが広がるため、手術中の水晶体の位置が安定してチン小帯への衝撃もやわらげることができるのです。
ところが、CTRを扱えるのは日本眼科学会の定めた講習を受講した眼科医だけなのです。
チン小帯が弱い人の白内障手術を行える術者は、眼科医のうちでもごくわずかではないでしょうか。
結果としてどうなるかというと、医師が「チン小帯の弱い患者さんの手術はしない」という選択をすることになってしまうのです。
実際に、検査でチン小帯が弱いことがわかった時点で、「うちでは手術ができません」と断られることが多いのです。
高齢の人や、目を強くぶつけたことのある人、緑内障のある人など、チン小帯が弱る原因を持っている人は、硝子体手術を行え、かつCTRを扱うことができる眼科を探すようにするといいでしょう。